コロナ禍の影響で、大学入学試験がどうなるかを心配する声が出てきている。もちろん、試験前の早い終息を願うばかりだが、これを機に入試の本質的な意義を改めて考えてみたい。
入試で選抜を行う根本的な理由は、教室など、教える側のキャパシティーに制約があるからだ。しかし、コロナ禍によって急速に進むオンライン教育では、この制約はほとんどない。ならば、その性質を逆手に取って、入試のあり方を抜本的に考え直せないだろうか。
やや暴論だが、例えば次のやり方が考えられる。希望者全員を入学させ、配信型のオンライン講義を受けてもらい、オンラインで試験を実施する。その合格者は双方向でのオンライン授業に参加でき、やはりオンライン試験を受ける。そしてその合格者だけがキャンパスでの対面の討論や試験に参加し、そこでの合格者が卒業資格を得る。
希望者全員を入学させたら意味がないという反論は、入試を選抜の手段として考えるからだ。
大学関係者の多くは、日本では入学が重視され卒業が軽視されがちなことに問題を感じてきた。入学ではなく卒業に意味があるようにするには、むしろ入学の間口は広くしてしまったほうがよい。配信型であれば何人でも受講は可能だ。その代わり、きちんと入学後の成績を評価し、よい結果を出した人だけを卒業させる。
オンラインの試験に対しては、本人が解くとは限らないという懸念はある。しかし、そんなことをして、たとえキャンパスでの学習にたどり着いても、本人に実力がなければ対面での議論についていけず、最終試験にも受からない。言い換えると、そういう厳しい評価を対面で行えば、卒業できなくなるので、オンライン試験で不正をする人はいなくなるだろう。
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