新型コロナウイルスの猛威が止まらない。1月28日時点ですでに感染者数は4000を超えている。人々が最も移動する春節(旧正月)と重なったという不運もあり、春節明けに感染者の数が爆発的に増える可能性は決して低くない。
発生源である湖北省・武漢への出入りは事実上閉じられており、習近平政権は何が何でも拡散を封じ込めようとの意思を示している。
人口1100万人もの大都市を「封城」(都市の封鎖)するというのは歴史上初めてのことだ。1月24日からは遠く離れた北京でも観光地や映画館が閉鎖された。
中国政府の対応チームも感染源の特定を進めており、タケネズミやヘビといった具体的な名前まで挙がり始めているが、いまだ確定はできていない。
私は、この奇妙な病気が報じられ始めた昨年末に北京を訪れていた。「何やら変な病気がはやり始めたな」という段階を経て新型コロナウイルスの存在が明らかになり、人から人への感染が確認され伝染が加速するプロセスからやはりSARS(重症急性呼吸器症候群)禍を思い出さずにいられない。
だが、かつてのSARSへの対応と比べれば中国当局の動きは早かったと思う。背景にあるのは、SARSへの対応を誤り、深刻なダメージを被った失敗の記憶だ。
当時2桁の伸びを続けていた中国の実質経済成長率は、SARSの影響が大きかった2003年4〜6月期には6.7%にまで落ち込んだ。これは中国共産党にとってトラウマだ。
情報統制はあったのか
日本のメディアは今回の事態について中国の「隠蔽」体質を疑い、それを切り口として報じようとしている傾向がある。
私自身複数のメディアから取材を受けたが、いずれも主要な関心は「情報を統制しているのでは?」というものだった。具体的にはウェイボー(微博)やウィーチャット(微信)などネット経由の発信が消されているから、というのだ。そうした情報管理は私が北京に滞在していたときからあり、何人かが処分されたと報じられていた。だが、それが情報統制かというと、私には違和感がある。
この記事は有料会員限定です
残り 560文字
