「新製品の価格交渉を取引先としていたら、本社の社長から電話で怒鳴りつけられた。『(その取引先は)ウチとどれだけの取引があると思っているのか』と。先方が本社にクレームを入れたようで、結局ギリギリの利益、数量次第では赤字になる価格を受け入れた」
パナソニックが半導体事業を台湾企業に売却するというニュースに接し、7年ほど前、総合電機の半導体子会社元社長に聞いた話を思い出した。かつて世界を席巻した日本の半導体産業。その凋落がいわれて久しいが、また1社撤退に追い込まれた。今や世界的にも存在感を有し利益も上げているのは、ソニーのCMOSイメージセンサー事業くらいだろう。
凋落の原因として、日米半導体摩擦によってさまざまなハンディを背負わされたことがある。ただ、それだけではない。総合電機の弊害、とくに設備投資における経営判断の遅れが指摘されている。
日本の半導体はNEC、日立製作所、東芝など総合電機の1部門として成長してきた。産業の黎明期には、ほかの事業が稼いだ利益を投入することで開発競争を有利に進めることができたからだ。
しかし、半導体の技術が高度化して巨額の設備投資の判断が成否を分けるようになると、総合電機の傘の下では戦えなくなった。2012年に倒産したエルピーダメモリで社長を務めた坂本幸雄氏は「半導体と総合電機では、経営者に求められる意思決定のスピードがまったく異なる」と指摘する。
実際、欧米の総合電機は半導体を分離独立させ、やや遅れて日本メーカーも続いた。だが、半導体を自社グループに残した企業も、独立して専業化した企業も、劇的に競争力を取り戻した例は少ない。半導体の専門家に経営を任せてもうまくいっていない。
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