ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁が10月末をもって8年間の任期を終えた。ドラギ氏は就任後間もない2012年に、「やれることは何でもやる(whatever it takes)」という言葉で有名となった。積極的な緩和政策によって、欧州債務危機に揺れる欧州金融市場の安定回復に努め、評価を得た。
ドラギ氏の任期中、米国FRB(連邦準備制度理事会)の政策手法は市場との対話とFRB内コンセンサスの双方を重視する傾向を強めていった。他方、ドラギ氏の政策手法は、市場との対話よりも市場の期待の誘導を図るもの、理事会内のコンセンサスよりも総裁のリーダーシップを優先させるものであったといえる。この点で、時代の流れに逆らう側面もあった。
市場の期待の強いコントロールを目指す政策手法は、日本銀行に引き継がれた感があるが、それは失敗に終わっている。
ドラギ流の手法が最も際立ったのが、今年9月の政策理事会だった。政策金利の引き下げについてはおおむね理事会内でコンセンサスができていたが、資産買い入れの再開などについては、ドイツ、オーストリア出身メンバーなどの強い反対を押し切って実施が決められた。その結果、理事会内の対立の構図はかつてなく強まったのである。
任期終了直前の段階でこうした積極策を決め、その結果生じた理事会内での対立を後任に引き継がせるのは責任あるやり方ではなかったかもしれない。対立の緩和という難しい仕事は後任のラガルド前IMF(国際通貨基金)専務理事に委ねられることになった。
いわゆる危機の際には、こうしたドラギ流の政策手法も評価される面があるが、今回は平常時に実施された点に問題があったように思われる。
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