[Profile] おぐま・えいじ 慶応大学総合政策学部教授。1962年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学術博士。主な著書に『単一民族神話の起源』『〈民主〉と〈愛国〉』『1968』『社会を変えるには』『A Genealogy of ‘Japanese’ Self-Images』など。
いったんでき上がった社会の仕組みは、社会のコンセンサスがなければ決して変わらない。
そして、その前提となるのは透明性と公開性であり、これがない改革は必ずつまずく。
こうした仮説のもと、雇用、教育、社会保障、地域社会、政治、さらには日本人の「生き方」までを規定している「慣習の束」がどのようにでき上がってきたのかを、歴史的事実と豊富な参考文献に基づいて丹念に解き明かしているのが本書である。
とくに今、日本型雇用慣行(女性と外国人に対する閉鎖性、正規と非正規との格差、転職のしにくさ、高度人材獲得の困難さ、長時間労働と生産性の低さ、ワークライフバランスの悪さなど)に対する閉塞感が蔓延しており、働き方改革が叫ばれているにもかかわらず、なかなか社会は変われない。なぜなら、今の雇用慣行は経営の裁量を抑えるルールとして、労働者側が歴史的に達成してきたものだからである。
日本では、職務の明確化や人事の透明化による「職務の平等」を求めなかった代わりに、長期雇用や年功賃金による「社員の平等」を求めた。
そこでは昇進・採用などにおける不透明さは、長期雇用や年功賃金のルールが守られる代償として、いわば「取引」として容認されていたのである。
わかりやすいエピソードとして、スーパーの非正規雇用で働く勤続10年のシングルマザーが、「なぜ昨日入ってきた高校生の女の子と同じ時給なのか?」と相談してきた例があげられている。
これに対しては、以下の3つの回答が考えられる。
回答① 賃金は労働者の生活を支えるものであり、年齢や家庭背景を考慮すべきだから、高校生と同じ賃金なのはおかしい。
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