大学教授になったつもりで考えてみてほしい。研究室で学会の準備のために難解な論文を読んでいたとする。途中でアシスタントがドアをノックして、手紙を届けてくれる。受け取って、論文に戻ると、今度は「先生の論文、○○先生が褒めていました」と伝言。意識を戻すと、間髪を入れずまたノックの音が……。
「もうたくさんだ!」と思うはずだが、このアシスタント、実は多くの人が実際に毎日利用している便利なツールにそのまま置き換えられる。ソーシャルメディアの通知機能である。
通知機能が届けてくれるのは、承認欲求や人とのつながりへの欲求を満たしてくれるようないいニュースだ。その通知がもたらしてくれる報酬があまりにも魅力的だと、人はむしろ集中力を削って通知を待つようになる。
そう頻繁に集中が途切れては仕事にならないが、この大学教授も、気もそぞろに時間潰しで論文を読んでいる状況なら、アシスタントを心待ちにするだろう。まさにこれが、ソーシャルメディアをはじめとしたインターネットメディアに接触しているときの現代人の心持ちである。
集中力を必要としない
読みやすく、かみ砕かれた、短いコンテンツに人気が集まるのは、人々の間でそんな状況が広がっているためだろう。ネットメディアの得意技は、データに基づくコンテンツの最適化である。つまり、人気のあるコンテンツをデータで明らかにし、同じようなコンテンツを再現するのだ。
それが繰り返されると、ネット上のコンテンツはどんどん「シャロー(薄っぺら)」になっていく。そしてそれを消費する読者・視聴者の集中力も低くなる。こうしたコンテンツ、および人々を、米国のジャーナリスト、ニコラス・カーは「シャローズ」と名付けた。
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