街の名で「三田」といえば、東京では多くの人が港区の「みた」を指すが、関西人にとっては兵庫県「さんだ」市である。
兵庫県三田市は県南東部に位置する面積約210平方キロメートルの街である。南で神戸市、東で宝塚市と猪名川町、西で加東市と三木市、そして北で篠山(ささやま)市と接する。歴史は古く、数万年前の旧石器時代から人が住んでいたとされ、農業を中心とした生活が営まれてきた。
この街が関西地方で俄然、脚光を浴びたきっかけは、1981年に入居が開始された「北摂三田ニュータウン」の開発だった。先行した東京・多摩、大阪・千里などのニュータウンの経験と反省を生かして開発された。面積は1200ヘクタールに及び、ニュータウン全体が「フラワータウン」「ウッディタウン」「カルチャータウン」「テクノパーク」の4エリアに分けられた。一気に開発を行わず、期を分けて長期間にわたって分譲するなどの工夫が施された。
住民は大阪の勤労者が多く、神戸電鉄やJR福知山線を使うとオフィスに40~50分でアクセスできた。85年に3万人台だった人口は、開発に伴い急速に増加し、97年に10万人を突破。88~97年に人口増加率は10年連続で全国1位を記録した。
しかし、開発・分譲の終了後は人口の流入がストップ。2011年の11万5000人を天井に人口は横ばいとなり、現在は11万2000人にまで減少している。開発時期をずらしたことでほかのニュータウンより人口減少は遅れたものの、開発終了後は人の新陳代謝が進まず、ほかの街と同様に人口減少に転じたのだ。
都市と農村が融合した街
現在、三田市の高齢化率(65歳以上が占める割合)は21.3%と、全国平均の26.6%に比べてまだ低い状況にある。空き家率も13年に10.8%と、全国平均の13.5%はもとより東京都の11.1%に比べても低い水準だ。
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