「アンカレッジ経由」と聞いて反応するかどうかで世代がわかる。冷戦当時、ソビエト上空の通過には制約があったため、日本から欧州に飛ぶ際、アンカレッジ経由のポーラールート(極圏航路)が一般的だった。
筆者はアンカレッジ経由のポーラールートを体験した最後の世代だ。深夜のアンカレッジ空港で多くの日本人が土産物店を物色していた姿を思い出す。
ポーラールートといえば北極圏がよく知られているが、実は南極圏にも存在する。巨大な都市、陸地の割合が共に多い北半球とは異なり、南半球の大陸間を結ぶフライトは少ない。カンタス航空のシドニー─サンティアゴ・ヨハネスブルク、LATAM航空のサンティアゴ─メルボルン、南アフリカ航空のヨハネスブルク─サンパウロなどがそれに当たる。
2018年12月、チリのサンティアゴからオーストラリアのシドニーまでカンタス航空のB747を利用した。搭乗時間14時間以上に及ぶこのフライトは当初左手にアンデス山脈を望む。南下するに従って氷雪が増え、半島が島となり、やがて遠ざかっていった。
数時間ほど経っただろうか。ふと目覚めると、モデルをしているという隣席のチリ人女性が無言で左手を指さした。窓の外を見ると白い平原がひたすら地平線の先まで広がっていた。南極域の巨大な海氷だった。
ところどころ切れ目があり、そこから海が見えることで海氷と気がつくが、よく見なければ陸地に思える。
シートの背面にある飛行ルートの地図では南極大陸からはそれなりの距離があるが、それだけ海氷がせり出しているのだろう。国立極地研究所によると、南極域の海氷は1979年の観測開始以来、しだいに減っている。今後もこの緯度で見られる保証はない。
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