東京駅からJR京浜東北線に乗って横浜駅を過ぎると、次の駅が桜木町駅だ。この駅から海側を眺めると、みなとみらい地区の高層オフィスビルとタワーマンション街が広がる。一方で山側に目をやると、国道16号線が行く手をふさぎ、「のげちかみち」と呼ばれる地下道を潜った先には、怪しげな低層の商店や雑居ビルが並ぶ。この一帯が「野毛町」である。横浜育ちの人ならば、幼い頃一度は足を運んだ野毛山動物園や野毛山公園の展望台に近い。
野毛町は、江戸時代末期に発展した横浜港と東海道をつなぐため、バイパス道路として切り通しが造られ、できた街である。横浜港には三菱重工業の横浜造船所があったため、街は工員たちが食事をする場所としてにぎわった。
戦後は横浜港や伊勢佐木町などが米軍に接収され、進駐軍の街となったが、野毛は日本人街として残り、港町の飲み屋街として栄えた。港や造船所で働く屈強な男たちが集うこの街は、猥雑な雰囲気に満ちあふれ、隣の宮川町から大岡川沿いに黄金町付近まで娼婦の館が軒を連ねた。
この街に大きな変化が起こったのが、1980年の横浜造船所の移転決定である。戦後の日本経済を支えた造船業は70年代、2度にわたって発生したオイルショックの影響で造船不況に苦しみ、横浜造船所は同じ横浜市内の金沢と本牧とに移転せざるをえなくなった。その結果、街は一番のなじみ客を奪われてしまった。
街の不況に追い打ちをかけたのが、東急東横線の路線変更だ。みなとみらい地区の街区整備が続く中、東横線は2004年、終点の桜木町駅の二つ手前の横浜駅から、新開通した横浜高速鉄道に乗り入れ、みなとみらい駅、終点の元町・中華街駅へと直通運転を行うことになった。その結果、桜木町駅は廃止。人の流れはこれまでの桜木町、野毛から、みなとみらい地区に向かってしまった。大事な造船業の顧客を奪われた挙句、東急線の乗客まで失った街では、古くからの飲食店や物販店が店主の高齢化とも相まって次々に閉店。街は廃れた印象を醸し出していく。
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