経済戦略会議の提言のいくつかは小泉純一郎政権の構造改革にも盛り込まれ、同会議メンバーの竹中平蔵さんが推進役を担っていく。一方、構造改革に疑問を抱きだした私は2000年代以降、時の政権とは距離を置くようになった。
特定の人を批判する気はない。しかし、揺るぎない真理を追究しているようで実は、同時代の政治的要請に追従するのが経済学者というものだ。
ケインズ経済学は1930年代に「自由主義だけではダメだ」という声が高まる中で誕生した。だが70年代後半に先進国で財政問題が深刻になってくると、「あまり大きな政府はまずい」と落ち目になり、小さな政府や規制撤廃を賛美する、合理的期待やサプライサイドの経済学が台頭した。
新しい経済学は、英サッチャー政権や米レーガン政権で実践され、日本にも輸入されたが、取り入れて見えてきたのは、自由によって身を滅ぼされた日本経済だった。
「世界では当たり前」「中国に負けるな」といったお題目で90年代以降、非正規労働が広がっていったが、それが日本の労働市場を二極化させた。格差が拡大して固定化し、貧困層が増加した。貧困率は平成期を通じて上昇を続けてきた。福祉国家とか一億総中流とかいう言葉が遠い過去のものになり、日本社会にさまざまな歪みがもたらされた。日本企業の競争力も高まらなかった。企業と労働者の長期信頼に基づく雇用システムが破壊されたことで、当事者意識の強さなど、日本企業が有していた強みが消えてしまった。
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