ゴルフをしていると、しばしば「気づきの邪念」に惑わされることがある。それは、腕前にかかわらず起こりうる。
たとえば、僕たち一般ゴルファーでも、キャディーさんに「お客さん。右はOBですから」と言われれば、それだけで窮屈になる。この間、ホームコースのカレドニアンGCでプレーしたときも、超高速グリーン(およそ13フィート)と知ってしまうと、それだけでアプローチもいつもどおり打てなくなる自分がいる。アプローチだけでなく、それは第2打やティーショットにまで連鎖する。セッティングがシビアになるほど難しいというのは、その連鎖作用だ。
ゴルフというゲームは、ショットの正確な再現性とゲームマネジメント、そして心の作用をどうやって整えられるかという要素が織り成し、スコアを生み出すものだと思う。いつもなら簡単なパッティングも、それが優勝を決める重要なものだったり、決定的なバーディーになると思えば、心は揺らぐ。
宮里優作が、今年4月のマスターズに初出場したけれど、予選落ちしてしまった。そのとき、宮里は「行けそうで行けない」難しさを語った。
どういうことかといえば、攻め方もわかっていて、ゲームの中で、たとえばグリーンに乗せる1打で、安全策を取れば結果的にグリーンに乗るけれど、グリーンの形状によりピンからどんどん遠ざかって3パットもありうる。逆に、ピンに近づけようとすると、それはかなりシビアなショットを要求され、ほんの少しの、たとえば50センチメートルのズレがあっても、ミスすればバーディーどころかダブルボギーにもなるという状況のホールが、マスターズやほかのメジャーでもしばしばある。
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