長野県の蓼科高原といえば、50代以上の人にとっては青春時代の香りが漂う、ノスタルジーを覚える街ではないだろうか。
1970年代から90年代初めにかけて、蓼科は高原リゾートの象徴だった。関東地方の大学生の多くが、夏はテニス、冬はスキーなどのスポーツを楽しむために訪れ、運動部やサークルの合宿の多くも蓼科で開催された。
蓼科の観光客数は95年には年間200万人を超えていた。ところが、その後は急速に観光客の足が遠のき、2017年には年間150万人と、約20年間で25%もの大幅な減少に見舞われた。
かつては箱根、日光、軽井沢と並び、首都圏の4大リゾートの一つにも挙げられた蓼科。ところが、今やこの四つの中で蓼科だけが観光客を多く失っている。その原因は何だろうか。
一つには蓼科観光の主流を占めていた若者世代の人口減少と趣味嗜好の変化がある。少子高齢化の最中にある日本で若者の人口減のトレンドは言うまでもないが、それに加えて嗜好の変化も見過ごせない。今の若者はスポーツ合宿などで遠出する機会が減り、そもそもリゾートなどに積極的に出向かなくなっているのである。
車離れという若者の嗜好の変化も逆風となった。今や車で訪れるリゾート地の多くは、旅行の主体が若者の団体でなく、カップルや家族などの個人。そうした変化に対応できず、蓼科は顧客をつかみ損ねている。
加えてアクセスの問題もある。蓼科観光の起点となるのは、JR中央線の茅野駅である。蓼科を楽しむには、茅野駅からレンタカーを利用し、ドライブしながら雄大な八ヶ岳連峰などの景観を堪能するのが定番だが、この茅野へのアクセスは、他の4大リゾートに比べて良好とは言えない。
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