あの日、艦は稚内の沖合、サハリンが目の前の宗谷海峡に浮かんでいた──。
深夜、こちらは停止して漂泊状態、相手の船のことは1時間以上前からレーダーで探知していた。レーダーの情報を分析し、測的(相手の針路・速力を算出すること)した結果、衝突コースにあることはわかっていた。
しかし、航海長だった私は放置していた。こう書くと、私の頭がおかしくなっていたかのように思われるかもしれないが、海の上ではよくあることである。相手との距離が遠いときに衝突コースと判定されても、距離が近づき測的の精度が上がってくると、十分な距離を保ってかわせるという算出結果に変わることがしばしばある。
見渡すかぎりの大海原で、停まっている自分の艦を点とするなら、航海している相手の船は線である。その点と線がピッタリ重なることなど、そうそう発生するものではない。
このときは、30分経っても測的結果が衝突コースのままだったので、私は艦を動かし移動しようとした。距離は5マイル(約8キロメートル)だったが、視界が悪く相手船の航海灯は見えなかった。
エンジンを起動し、私室で就寝中の艦長に電話をかけた。熟睡しているのか、何度電話をしても艦長が出ない。事情を説明しに若い幹部を行かせたところ、彼は艦長に遠慮をして起こすことができず戻ってきた。
そうこうしているうちに、また10分が経過。すでに相手の船はかなり近づいているのに、衝突コースのままである。
そのタイミングでうっすらと相手船の航海灯が見えてきた。右舷にある緑灯と左舷にある紅灯の両方を確認できた。要するに、われわれの艦は、相手の真っ正面、進行方向にいるわけである。距離は、おそらく3マイル(約5キロメートル)程度だった。衝突の危機を感じた。
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