有料会員登録 東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資 #歴史の論理

「京都ぎらい」と日本の中華 中国文明をまるごと受け止めた都

3分で読める 有料会員限定
  • 岡本 隆司 早稲田大学教育・総合科学学術院教授

INDEX

公的な書類は、往々にして住所の記載を求められる。他の地方で、あるいは別の都道府県の人を相手に住所を書くと、しばしば言われるのが、「やっぱり〈京都市〉から書くんですね」というフレーズ。納得と揶揄がこもっている。

少し解説が必要かもしれない。納得、揶揄しているのは、「京都府」を書かないことを、である。やはり京都市の人間は、「京都府」ということばを好まないのだ、と忖度(そんたく)し、どうせ京都市以外、「京都」とは思っていないのだ、と言外に指摘しているのである。

「洛中」とその外

洛中出身の筆者は、バリバリの京都人らしい。少なくとも周りからは、そう見られている。その京都人とは、気位が高く、異邦人(よそもの)を人間扱いしない。これがどうやら牢乎(ろうこ)と抜きがたいイメージであるらしい。

いな、それはイメージだけではなく、多分に真実である。物心つくかつかないころから、それこそ厭(いと)うほど、見聞きしてきた。

もとより本人も少なからず同類であって、幼少から身についたものは、容易にこそぎ落とせない。つい「上洛」「東(あづま)下り」と口走って、「あづまえびす」の家内に怒られている。

2015年に、そんな京都人の生態を暴いた本が出て、一大ベストセラーになった。井上章一先生の『京都ぎらい』である。観光都市の京都はあいかわらずの人気、その相乗効果もあって、井上先生は一躍、時の人となった。

本の筋はあきれるほど単純で、洛外の嵯峨生まれの井上先生が、いかに洛中人・京都人からいじめられたか、そのルサンチマンを書き綴ったものである。外者(よそ)への侮蔑がほとんど日常の空気の洛中人からすれば、「今さら何いうてんの」という感じである。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数