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辛亥革命と孫文と中国史の叙述 現実からの正邪弁別

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  • 岡本 隆司 早稲田大学教育・総合科学学術院教授

INDEX

去る10月10日は中国で双十節といって、1911年に起こり、中華民国を成立させた辛亥革命勃発の記念日である。台湾では今も祝日で、大陸の国慶節の位置を占める。

過日、市民セミナーでその辛亥革命を講義する機会があった。ややこしい経過をたどっているので、なぜ中国の各省がバラバラになり、政体が変わらねばならなかったのか、大づかみな経緯を把握できるようにしたつもりである。

当時のおびただしい関係者は、今の日本人がほとんど知らない人々で、立ち入って説明し出すと、とても時間が足らない。宣統帝とか袁世凱とか宋教仁とか、ごく重要な人たちにしかふれなかった。

すると、質疑応答の時間で、受講生から質問が出た。辛亥革命・中国革命といえば、まず孫文なのに、今回の話で出てこなかったのはなぜか、との由である。

孫文をなぜ話さなかったのか

これはしたり。たしかに拙著でとりあげた袁世凱の話ばかりしていたような気がする。しかしまったく言及しなかったとも気づかなかった。配慮不足をおわびするとともに、理由も手短にお話ししたものの、どうも手抜かり感がぬぐえないので、補足の必要を感じている。

孫文は中国近代史で、最も著名な人物の一人である。教科書でも辛亥革命と同じページで写真が出てきて、「中国革命の父」と呼ばれることも多い。孫文が辛亥革命をリードしたと考えても、無理はないのである。

「中国革命の父」という評価は、あながち誤りではない。革命を推し進めた国民党・共産党の生みの親だからである。台湾では「国父」と称するし、大陸でも「孫中山」といい、決して「孫文」と諱(いみな)を呼び捨てにはしない。つまり中国語圏では、孫文は今でも、敬意を払うべき特別な存在なのであって、それがどうやら、はるかに離れた関西のセミナーにも影響を及ぼしている。

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