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日本の「中国報道」はほんとうに頼もしいか 問われる歴史学の素養

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  • 岡本 隆司 早稲田大学教育・総合科学学術院教授

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巷は中国共産党党大会の話題でもちきり。その帰趨をみきわめるのはもう少し時間をいただくとして、関連してずっと気になっているのは、9月のはじめに出たネットメディアの記事である。

党大会で焦点となる政府人事の内情に迫った論説であり、大いに参考になった。けれども以下の一節が、どうも頭から離れない。

「中国の中枢の動向を日々、必死に追いかけ、欧米記者たちに先駆けてスクープ報道していく姿勢が、ひしひしと伝わってきた。昨今、日本メディアの劣化が指摘される中で、非常に頼もしく思った次第である。やや大袈裟な言い方をすれば、戦前から連綿と続く日本メディアの中国報道・中国研究の伝統が、21世紀のいまもしっかりと引き継がれていることを示したのである」(現代ビジネス http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52794

メディアの自己満足

日本人記者の成果を称賛した文章である。中国報道は確かに日本のメディアが国際報道で優位に立てる分野で、その「姿勢」が「頼もし」いのはまちがいあるまい。

しかしこの文面には、あきれた、という印象しか持てなかった。これがメディアの自意識なのだろうか。だとすれば、このような自己評価・自己満足こそ「劣化」の証明ではないか。もちろんメディアだけに話を限るつもりはない。

「戦前」の日本は、満鉄をはじめ、中国に多くの権益をもち、おびただしい日本人が中国各地に居住し、その社会を実見していた。現地で種々の調査も実施され、有する情報の量と質で欧米をはるかに圧倒していたはずである。

しかし日本人はそれで正確な認識を得て、賢明な行動ができただろうか。破局をまぬかれることができなかったし、当時のメディアも権力・民衆に迎合して、戦争の泥沼に引き込む役割を演じたのは、周知のとおりである。

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