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太平洋に面し、ワカメやカキの養殖が盛んな宮城県南三陸町。この漁師の町が2011年3月11日、東日本大震災の大津波にのみ込まれた。死者620人、行方不明者211人。町内の6割超の住宅が全壊もしくは半壊し、壊滅状態に陥った。
住まいの復興の過程で立ちはだかったのが、所有者不明の土地だった。被災した住宅を安全な場所へ移転させるため、町は高台の土地の買収に着手。そこに、何代にもわたって相続登記がされていない土地が複数出てきたのだ。
63平方メートルに50人の相続人
集団移転先の高台のある地区では、54区画の宅地を造るために、13件の土地の買収が必要となった。が、そのうちの1件、63平方メートルの土地の所有者がわからない。買収価格が11万円弱のこの土地は、1949年に登記されて以降、所有者だった男性が54年に死亡した後も、登記情報が更新されていなかった。
男性には配偶者と子どもがいたが、手つかずの状態で相続が進んでいった。配偶者のきょうだいの子どもにまで相続権は広がっていき、法定相続人の数は50人に上った。
町は相続家系図を作り、片っ端から相続人に連絡を取った。そのうちの1人は所在を最後まで突き止められず、裁判所に相続財産管理人を選任してもらった。また別の1人は、住民登録があるのに郵便物が返送されて連絡が取れない。町の職員らが現地まで赴き、3日間にわたり家の前で張り込みをした結果、何とか相続人と直接会うことができた。
ただ、相続人と連絡が取れても終わりではなかった。今年3月まで同町の管財課長として用地買収に携わった仲村孝二さんは、「遺産分割協議の証明書には、実印と印鑑証明がいる。相続人1人ひとりに、なぜ実印がいるのか、持ち分はどの程度になるのかなど、納得してもらうことが必要だった」と振り返る。所有者がすぐにわかっていれば数カ月で終わったところだが、1年近くかかった。それでも粘り強く説明を尽くし、事業全体の土地の買収にこぎ着けた。
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