私は、自衛隊初の特殊部隊に足かけ8年在隊し、ある日、艦艇部隊への転勤内示を受けたため退職した。理由はいくつかあるが、いちばん大きなものは、各国で築いたコネクションを維持するためだった。
レベルに大きな開きがあれば別だが、軍隊という組織は、他国との共同訓練でも基本的に手の内は見せない。たとえ同盟国だとしても、いつ敵になるかわからないからである。
しかし、個人としての付き合いにおいてはそうとも限らない。守秘義務を破って何かをリークするという意味ではなく、組織同士の付き合いでは入手できない貴重な情報を知りえるということだ。
その情報が私のいた特殊部隊の戦力化に非常に役立ったことは確かで、コネクションは何としても維持すべきだった。が、それは人と人とのつながりから得たものだから、誰かに引き継ぐことができない。維持する方法はただ一つ、私が自衛隊を辞めるしかない。そうすれば自由に必要な場所に行け、コネクションをさらに強化できるばかりではなく、現地に長期滞在して習得した技術を日本に持ち帰ることもできる。
「こういうときに死ぬ」
退職の辞令書を手にした私は「また、やっちまった」と思った。再び強引に退路を断ったからだ。自衛隊に入隊したときもそうだった。決まっていた高校の体育教員の道をまず捨てた。退路を断たないとビビって、行くべき先に進めない自分の弱さを知っているからである。
自衛隊を辞めた翌日、撃てて、潜れて、平和ボケしない場所を求めて、縁もゆかりもないフィリピンのミンダナオ島に向かった。
住みかを決めた後、本格的に移住するためいったん帰国しようとした。すると、海洋民族の若者からお別れパーティを提案された。そこでこんなやり取りを交わした。
この記事は有料会員限定です
残り 632文字
