かつて船田譲・栃木県知事は子供と老人にそれぞれ新しい施設を用意した。子供には“星空の夢を”という趣旨でプラネタリウムを主体とする天文館を、老人には“地域のよきリーダーを目指して”という目的でシルバー大学(老人大学)を設けた。私にシルバー大学での講義の依頼が来た。
本当なら私は星の話がしたかった。子供のときから異常に星が好きで、冬でも夏でも、いつまでも夜空を見ている。昔は東京でも星がたくさん見えた。
冬空で際立っているのは北の空で北斗七星だ。柄杓(ひしゃく)の先端の一辺を5倍にしてたどると北極星に着く。月の脇にピタリとついているのは金星で、朝は明けの明星、夕は宵の明星と呼ばれる。今も東京の空で輝きを失わない。毎夕飲み屋に出勤するときも、夜空を仰いで月の満ち欠けを見ながら月齢を計算する。そして下方の、守護神のように自分の座を守る金星の変わらぬ姿にホッとする。
高村光太郎さんの奥さん、智恵子さんは「東京には空がない」と言ったが、福島に比べれば確かに東京の空は狭く、夜空の星も少ない。でも私にすれば、月と金星が健在ならば分相応の“東京者の得られる空”なのである。
栃木県のプラネタリウムのほうでなく、シルバー大学での講義で私に与えられたテーマは、「歴史の見方・楽しみ方」である。初講義以来40年経つ。知事は5、6人代わったが、私のテーマは変わらない。そして話の中身も変わらない。ずっと同じ唄を歌っている。
話の中身は、歴史には実像と虚像がある、という切り出しだ。古文書や遺跡などで検証されるのが実像、庶民の願望や空想で組み立てられるのが虚像だ、と話す。そして虚像の代表が水戸黄門(徳川光圀)であり、彼の漫遊記だと告げる。
なぜ虚像かといえば、黄門(古代中国の唐で中納言を黄門といった)は水戸藩の2代目藩主であり、つねに江戸在勤を命ぜられ5代将軍徳川綱吉の脇に侍していた。政務ならびに学問の相談相手をしていた。そのため江戸から外に出られない。水戸にも帰れない。国内旅行などできるはずがない。だから漫遊記はまったくのフィクションだ(聞き手のシルバーの面々はここでドッと沸く)。
この記事は有料会員限定です
残り 547文字
