首都の顔である東京駅の赤レンガ駅舎を創建当時の姿へ復原する工事が、5月30日に始まった。
1945年の米軍空襲で損傷した駅舎を臨時的に復興したのが今の駅舎の姿。3階部分はほとんど取り払われ、北と南にあった壮麗なドームもなくなった。内部の設備も古く、ホテル、レストランなどの稼働率は高いといえない状態だった。
復原は、2階までの構造レンガに鉄骨鉄筋コンクリートの3階部分をつなげることで実現する。地下部分も2階構造として駐車場スペースを増やすほか、地下部分と地上部分の間に免震ゴムなどを挟み、躯体強化も行う。
保存・復原に必要な総事業費は500億円と巨額。だが、これにより駅舎の床面積は従来の2倍になるだけだ。経済合理性を追求すれば、古い駅舎を撤去して高層ビルに建て替えるほうが、よほど理にかなっているようにも見える。
実際、過去には、その危機にさらされたことがあった。
保存・復原の財源は「空中権」の売却代金
国鉄が分割民営化された87年、東京駅周辺地区の再開発計画が浮上。老朽化した赤レンガ駅舎の撤去、高層化計画も検討された。この動きを受け、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」が87年12月に発足。JR東日本だけでなく、国と東京都も巻き込みながら、保存へ向けた模索が始まった。
保存を実現するうえでカギとなったのが、01年に施行された特例容積率適用区域制度。これは指定された区域内であれば、容積率の移転が隣接地でなくても行える仕組み。いわば空中権の取引制度である。赤レンガ駅舎の保存を念頭につくられたものだ。
この記事は有料会員限定です
残り 539文字
