香港に遅れること2年、マカオは1999年に中国に返還された。香港がSARS(重症急性呼吸器症候群)やリーマンショックに振り回される一方で、マカオは2005年に教会や寺院などが世界遺産に登録され、若い女性や家族連れも訪れる観光地として人気も高まった。当時のマスコミは、マカオ特別行政区行政長官の手腕だなどと持ち上げている。
とはいえ、功労者はやはりカジノ。マカオは01年にカジノ経営を外資に開放、米国資本を中心に新施設が次々開業し、世界最大のカジノエリアに成長した。そこへ押し寄せたのが、ギャンブル大好きな本土の中国人観光客。マカオ特別行政区との国境の都市・珠海では、マカオへの入出国は長蛇の列となり、2時間待ちは当たり前だった。
だが、今やその面影はない。今回、深圳からフェリーでマカオ入りしたが、乗船客はまばらで、商売で来ている中国人が目立つ程度だ。珠海へ抜ける道も、以前の混雑ぶりがうそのように静まり返っている。外国人では、広州あたりに雑貨を買い付けに来たアフリカ系や中東系のバイヤーらしき人が目につくぐらいだ。
マカオ経済が急減速したのは14年ぐらいだろう。きっかけは習近平政権が打ち出した腐敗・汚職撲滅運動だ。汚職によって手にしたカネで豪遊していた中国共産党の高級幹部などの姿が瞬く間に見えなくなった。カジノに設置されていたVIPルームは軒並み閉鎖に追い込まれた。
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