ここ数年、中国に行くと、仏教の話がよく出てくる。
文化大革命で宗教が弾圧された中国では、改革開放によって拝金主義がはびこり、「中国人は毛沢東を今でも拝むが、それは1元から100元まですべてのお札の肖像が毛沢東だからさ」という笑い話に皆がうなずくほどだ。
経済成長が鈍化して冷静になり、自らの来し方に疑問を持つ人々が増えたのはある意味で自然だ。企業のオーナーに顕著だが、現代中国において人より裕福になるために、「人をだまさなかった」「役人に賄賂を渡さなかった」という人は皆無であろう。そういった人が入信するケースをいくつか目にした。
日本の仏教にも強い関心を持つ人が増え、「鑑真和上や隠元禅師の教えを日本人はどう考えているのか?」などという質問が飛んできて答えに窮することもある。爆買いの一方で、鑑真和上が開いた唐招提寺などへ行く、仏教ツアーへの中国人参加者が増えているという。
参加理由を聞くと、「われわれは1000年以上も前に、こんなにすばらしい教えを持っていたと再認識するため」という答えが返ってくる。そして「なぜ今の中国は、こんなになってしまったのか」と続く。金融関係の友人の中には、ダライ・ラマの写真を隠し持ち、「機会があればダラムサラに行きたい」と話す、隠れチベット仏教徒もいる。
「もうカネはいらない」
企業オーナーの仏教に対して、都市部ではキリスト教に入信する公務員が多いといわれている。「仏教は自ら努力する必要があるが、キリスト教は決まりに従って祈るだけだから、ストレスの多い日々を過ごし、疲れ果てている公務員向きだ」と企業オーナーが真顔で解説してくれる。実際に入信した役人に話を聞くと、「とにかく心の安らぎが欲しい。そして信じ合える仲間に巡り合いたい」とこれまた真顔で言うので驚いた。
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