利益には「出る」と「出す」の区別が欠かせない。事業に固有の上限まで利益は「出る」ものだが、その上限を超えてしまうと、利益は「出す」ものに転じていく。そして無理に「出す」利益には大なり小なり不正が伴う。だからこそ、利益が「出る」状態が続くよう前もって事業の構造を変えていく作業が経営者の使命となるのである。
たとえばパソコン事業は2000年代半ばまでに上限を超えた可能性が高い。そこで米アップル社はスマートフォンやタブレットの市場を立ち上げる試みに経営資源を転じていった。技術に勝る東芝は、アップル社転進の端緒となったiPodにコア部品を供給したにもかかわらず、自らはパソコン事業に拘泥し、不正会計に手を染めてしまった。
営業利益が5年もフラットに推移したら、その事業は限界を迎えたと考えるべきであろう。その時点でバリューチェーンを設計し直したり、事業の照準やポートフォリオを組み替えたりする作業が目に見えて進んでいなければ、経営者は失格である。それなのに、日本では「社員はサボる、だから圧力を加えて利益を出す」と使命を履き違える経営者が後を絶たない。これでは帝国陸軍や帝国海軍の時代から何も進化していないに等しい。
この後進性は、どこから生じるのか。問題の一端は社長任期の短さにある。5年前後で退任すると知りつつ就任する社長は、構造改革など考えなくてよろしいと言われているようなものである。自分の代で完遂できないことに手をつけるのは無責任と考えるまじめな人や、体面を気にする人は、利益を「出す」道を選ぶに決まっている。ちなみに、アップル社の転進は任期不定の創業経営者がリードした。
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