久しぶりの香港報道──。2014年9月、17年の行政長官選挙に起因する市民の抗議行動、「オキュパイ・セントラル(中還地区の占拠)」が始まってから、香港研究者はマスコミから引っ張りだこだった。香港がこれほど話題になったのはいつ以来だろうか。
アジアの時代といわれた1990年代、香港は中国への窓口として世界から注目されていた。東洋経済の『海外進出企業総覧』によれば、90年代前半、日本企業の海外現地法人数で香港は米国に次ぐ2位。
それが97年7月の中国への返還と同時に、アジア通貨危機に見舞われ、勢いが止まり、03年のSARSで息の根が止まった。今や現地法人数で中国、タイに、派遣社員数ではさらにインドネシア、シンガポールに抜かれている。
有象無象にこそ価値
日本のマスコミもほとんどが取材拠点を香港から広州に移したため、香港発の報道は激減した。いくら地理的に近いといっても広州にいて香港の情報は得られない。一方で、欧米を中心とした世界のマスコミの多くは「香港は今でも情報収集のうえで価値が十分にある」として拠点を置き続けている。
後者の正しさの傍証になりそうなのが、在香港米国総領事館の本国からの派遣職員数だ。あの小さな香港に数百人いるといわれる。ある関係者によれば「彼らの任務は、中国本土から流れてくる有象無象の情報の収集、分析。情報統制の厳しい本土の情報だけでは、中国の実態を把握できない」という。1000人規模の北京の大使館は、共産党や政府からの情報収集が主で、真のインテリジェンス拠点は香港というわけだ。
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