新興国はこれまで日本企業の生産基地として重要な役割を果たしてきた。日本企業が円高に負けずに輸出を続けたり、国内のデフレ環境に適応したりするためには、なくてはならない存在であったといってもよい。ところが、ここに来てあらためて新興国を市場と位置づけ、そこに成長を求める動きが顕著になっている。この動きは吉と出るのであろうか。
答えを占う手掛かりは日本の過去にある。1950年代から60年代にかけて、日本は「新興国」だったからである。そこに群がった欧米企業の末路をたどれば、日本企業の成長戦略も結末がおぼろげながら見えてくる。
当時の日本は何よりも技術と資金を必要としていた。そこで政府は、一方で欧米企業を巧みに誘い込みつつ、他方で彼らの単独進出や利益送金を禁じることにより、合弁相手に選ばれた日本企業の育成を進めていった。その頃に日本に進出して根を下ろしたのは、日本にないものを持ち込んで日本経済を下支えしたエクソンモービルやIBMくらいなものではなかろうか。あとは工具のサンドビックのようにニッチな企業群が散見される程度である。
最近では、IKEA(イケア)やアマゾンのほか、自動車や製薬、金融などでも外資の活躍が目につくが、それらは日本が門戸をフルに開放してから本格的に投資してきた企業群であることに注意されたい。
では、乱立した国際合弁会社は、どうなったのであろうか。東レ・デュポンのように今日まで事業を継続しているところは数えるほどもない。P&Gやキャタピラー、プルデンシャルのように外資側が独資化したケースもあるにはあるが、大半は日本企業が「先生を追い抜く日が来るとは夢にも思わなかった」と感慨に浸りつつ相手の持ち分を買い取っていったのである。
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