新型コロナ急拡大で露呈した日本医療のもろさ 民間病院が主体で対応病床の増加を指令できず
新型コロナウイルス感染症のデルタ変異株拡大で病院の逼迫が続き、日本の医療システムの脆弱さが露呈した。世界的に見て潤沢な病床数がありながら、救急搬送者が入院できないケースが相次ぐのはなぜか。ひとえに緊急事態への備えを怠ってきた医療政策に不備があるとの声も上がっている。
千葉大学医学部附属病院(千葉市)の中田孝明救急科長によると、最近は「救急車内で何時間も過ごすというのはよくある」ことだという。中には容体の悪化したコロナ患者を同院が満床で受け入れられず、人工呼吸器を装着しながら搬送先を待ち、見つかるまでに16時間を要した例もあった。
全国の重症者数は2000人近くに達し、年齢別では65歳以下が目立っている。千葉大病院の集中治療室(ICU)でも30-50代の患者が多い。ワクチンを接種していない人が重症化しやすく、ICUの患者は接種してない可能性があると中田氏は推測するが、容体の悪さから会話もままならず、接種状況は十分に把握し切れていない。
総務省消防庁の統計では、22日までの1週間に起きた東京都の救急搬送困難案件は1645件と昨年の同期間と比べ倍増した。TBSの報道によれば、今月に入り、都内では自宅療養中に11人が亡くなった。
日本医師会が1月に公表した資料によると、日本は人口1000人当たりの病床数が13床と、主要7カ国(G7)中で断トツ。しかし、デルタ株の猛威で全国の1日の新規感染者数は連日2万人と急増しており、病床自体の不足、あるいは人材不足で確保した病床を十分に活用できない事態に陥っている。
開業医で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏は、G7の状況と比較しながら、日本は相対的に「病床数が多くて感染者数は少ない」と分析。本来は余裕を持って入院者の増加に対処できたにもかかわらず、医療逼迫を引き起こしたのは「確実に医療デザインの問題であり、政策レベルで問題があると言わざるを得ない」と指摘する。
市場主義の代償
森田氏によると、英国など欧州では公的な医療施設が多く、病床整備の際には政府が病院に直接指示し、新型コロナ用の病床を迅速に増やすことが可能だ。一方、日本の場合は大半が民間病院で、政府は強い指示を出せる立場になく、人口当たりの病床が多くても現状は補助金で誘導する手段しかない。
2019年10月時点の厚生労働省の調査によると、全国で8300ある病院のうち、5894施設の開設者は法人もしくは個人だった。「医療を市場システムに任せたつけが回ってきている」と森田氏は言う。
新型コロナ対策として国は総額約3兆円の「緊急包括支援交付金(医療分)」を準備し、重症患者用の病床に対し1床最大1950万円を病院側に支給している。千葉大病院ではICUを全てコロナ向けに転換し、足元で病床数を6床から10床に拡大した。新型コロナ感染症の対応には従来より人手もかかるため、看護師の数も十数人まで増やし、対応している。
ただし森田氏は、コロナ患者を診療する病院については感染を恐れ他の患者が診察を受けに来なくなるなど風評被害が広がる可能性があり、補助金だけでは効果が限られるとみている。
千葉大病院では、もう一段の感染拡大に備え受け入れを増やす準備はしているものの、他のスタッフや看護師の応援が必要で、コロナ以外の医療サービスを中止せざるを得ない状況にもなっている。
また、コロナ専用病室には清掃作業の負担が重いという問題もある。同院で新型コロナ対応を指揮する猪狩英俊感染制御部長は、看護師が本来の業務に専念できず、「モチベーションの低下にもつながった」と回顧。ようやく最近になり、清掃を専門業者に委託することができたという。
猪狩氏は、宿泊療養施設でも似たような問題があると指摘。業者による清掃はフロアごとに行われるなど「チェックアウトしてすぐに次の患者が入れるような運用になっていない」ため、稼働率が上がらないという。
医療体制は厳しさを増す一方だが、足下の新規感染者数に対する1日の死亡者数は昨年5月の半分以下にとどまり、海外と比べても相対的に抑えられている。日本では、重症化リスクの高い65歳以上の高齢者に対するワクチン接種を優先的に進めてきた。
医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師は「日本の死者数はG7の中でドイツより多いが、2番目に少ない」とし、ワクチンの接種も進み、今回の第5波は昨年末のように高齢者が多く亡くなる事態には至っていないとみている。
しかし、もはや医療に頼ること自体に限界があると話す専門家もいる。東京大学大学院の坂元晴香特任研究員(公衆衛生学)は「どれほど医療システムを強化しても、新型コロナのような感染症が急増しては対応し切れない」と指摘。感染の拡大を防ぐことが大切だと述べた。
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著者:黄恂恂、Lisa Du
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