ヤマトHLDは実に31年ぶり三越と本格取引を再開へ 

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ヤマトHLDは実に31年ぶり三越と本格取引を再開へ 

ヤマトホールディングス傘下で宅配便首位のヤマト運輸が、4月1日から三越との全国取引を31年ぶりに再開する。

ヤマト運輸は、三越伊勢丹ホールディングス傘下の三越伊勢丹ビジネス・サポートと物流全般の業務受託契約を締結。全国25店舗の三越・伊勢丹・丸井今井・岩田屋や各物流拠点からの配送業務をほぼすべて受託した。これまで三越の最大の取引先だったJPエクスプレスとの取引も一部残るが、大半はヤマトが請け負う。

ヤマト運輸と伊勢丹との関係は古くから良好だった。三越伊勢丹グループ全体の物流見直しを機に、三越分の獲得に成功した格好だが、ヤマトは元会長・社長の小倉昌男氏(故人)が社長をしていた1979年2月末に三越と取引を中断した経緯がある。以後、2010年3月末までの31年と1カ月、一部店舗や「クール宅急便」を除き、全国規模での全般的な物流業務の受託は行ってこなかった。

79年当時、三越はヤマト運輸(当時は大和運輸)の最大手の取引先だった。そればかりか、1919年の創業直後、世界恐慌の余波で存立の危機に瀕したヤマトにとって、三越はもともと救世主的な存在だった。23年に前身の三越呉服店との間で締結した市内配送契約で一息ついたばかりか、以後50年以上、ヤマト運輸は三越のラストワンマイルを担う大手運送業者であり続けた。

ところが、ヤマト運輸は72年に三越社長に就任した岡田茂氏(故人)の売り上げ至上主義に翻弄され続ける。ヤマト運輸の三越出張所が赤字に陥ったのを受け、三越に配送料金の改定を申し入れたが受け入れられず、79年に配送契約を解除することになった。

なお、三越が公正取引委員会から優越的地位の濫用で審決を受けたり、岡田氏の愛人・竹久みち氏(故人)への不当利益供与が明るみになり、岡田氏が取締役会で社長を解任され、岡田氏や竹久氏が特別背任で逮捕されるという、いわゆる三越事件が起きたのは、ヤマトが三越と契約を打ち切った3年後の1982年のことである。

31年前のヤマトにとって、三越との取引中止は大きな決断で、収益的にも重大な出来事だったはずだ。だが、その後の「宅急便」の目覚ましい成長の結果、現在では三越との取引を再開しても、宅配便取り扱い個数が1%弱増える程度である。

このため、「東洋経済オンライン」では誤差の範囲と見なし、来11年3月期の業績見通しを変えていない。

(山田 雄一郎)


《東洋経済・最新業績予想》
(百万円)    売 上  営業利益 経常利益  当期利益
連本2009.03  1,251,921 55,720 57,821 25,523
連本2010.03予 1,200,000 61,000 63,000 32,500
連本2011.03予 1,280,000 63,800 65,800 34,000
連中2009.09  580,431 22,854 23,967 11,607
連中2010.09予 610,000 22,800 23,800 12,300
-----------------------------------------------------------
         1株益¥ 1株配¥
連本2009.03  57.6 22 
連本2010.03予 71.6 22 
連本2011.03予 74.9 22 
連中2009.09  26.1 11 
連中2010.09予 27.1 11 
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