医者に製薬会社が払うお金の知られざる真実 支払いの実態を徹底的にデータ化してみた

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もし、この基準を日本内科学会に応用すれば、学会の理事たちは、多くの診療ガイドラインの議決に参加できないことになる。

2016年当時、日本内科学会理事長を務めていた前出の門脇孝氏の場合、武田薬品、MSD、ノボノルディスクファーマ、アストラゼネカ、日本ベーリンガーインゲルハイム、アステラス製薬、田辺三菱、日本イーライリリー、小野薬品の9社から50万円以上の金を受け取っていた。

彼の専門は糖尿病だ。わが国で糖尿病治療薬を販売するのは約30社。このうち15社から金を受け取り、そのうち9社の金額は50万円以上と大きい。門脇氏の判断に、このような金が影響したかはわからない。ただ、少なくともこうした金の受け取りの情報は開示されるべきだ。そして、誰もが解析できるようにデータベースが整備されなければならない。これこそ、われわれが、データベースを作成し、公開した理由だ。

医師と製薬会社の関係についての情報開示は世界中で議論が進んでいる。わが国だけで問題となっている訳ではない。

嚆矢(こうし)は2010年にアメリカで制定されたサンシャイン法だ。アメリカ連邦政府が所管し、公的保険であるメディケア、メディケイドが管理するホームページにアクセスすれば、医師の名前を入力するだけで、製薬会社から受け取った金の総額、関連企業の株の所持といった情報を簡単に確認できる。データの二次利用も簡便で、その解析により、多くの学術論文が発表されている。

日本の製薬会社は情報公開を制限している

ところが、日本の状況は違う。ディオバン事件を受けて、日本製薬工業連合会は2013年から医師への支払いについて公開するようになった。しかしながら、それは形だけだった。というのも、一般人が利用できないように策を弄したからだ。

例えば、第一三共の場合、提供する医師名・施設名・金額の情報は「画像」情報で、テキストとして処理できない。これでは解析できない。

われわれは、このような「画像」をOCRで読み取り、1つずつ間違いがないか確認した。この作業には、のべ3000時間を要し、主にアルバイトの人件費として約400万円を費やした。

また、データを閲覧するに際しては、「本ウェブサイトに記載された内容を無断で転載・転用すること」を禁じており、違反が認められた場合には「情報提供の制限・その他の措置をとらせていただく場合があります」と警告していた。これは透明性向上の主旨に反する。この記述を知ったアメリカの医師は「アメリカではありえない。なんのための公開かわからない」とコメントした。

この状況に、われわれは問題意識を抱いた。だからこそ、データベースを作成し、公開した。まだ不十分な点もあるが、研究に資するデータベースになったと考えている。

このデータベースは無料で、誰でも利用できる。論文発表や記事作成に際して、誰の許可をとる必要もない。論文・記事を書いてもらって結構だ。

本来、このデータベースは日本製薬工業協会が音頭をとって、製薬会社自らが立ち上げるべきものだろう。ぜひ、2017年度分から始めてもらいたい。ただ、現在、そのような動きは聞こえてこない。その場合、われわれは次もやるつもりだ。蟷螂の斧かもしれないが、少しでも情報開示を進め、わが国の医療のレベルが向上することを願っている。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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