河野外相の「発信力」は、いきなり秀逸だった ASEAN関連外相会談を取材してわかったこと

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振り返ってみると、昨年7月末にラオスで開催されたASEAN・中国外相会談で、中国側が「行動規範」(COC)――多少なりとも法的拘束力を持つことが信じられていた――フレームワークについての議論を2017年前半に終わらせると約束したときに、「介入を受けない状況の中で」と条件をつけていたことには重要な含意があったと気づかされる。

ASEAN外相会談で、ベトナムは「規範」のフレームワークに「規範」が法的拘束力を持つことの明記を要求したが、取り入れられなかった。その直後行われた中国・ASEAN外相会談で、双方は法的拘束力の文言なしのフレームワークを承認した。

会談後、フィリピン外務省のスポークスパーソンは防戦一方だった。フレームワークが公開文書でないことを確認したうえで、公開できない理由について「フレームワークが実際の『規範』の交渉の基礎だからです。議論はフレームワークの要素に沿って形成されるでしょう。想像すればわかることですが、交渉は非常に敏感な性質ものです。われわれは『規範』で出てくる可能性のあるものを先取りしたり、予断を持ったりしたくないのです」と答えた。

これからCOCそのものの交渉が始まっても、アメリカや日本など域外の非当事国は介入と取られかねない発言はしにくい。そもそもCOCに具体的な合意時期目標などはなく、会場にいたフィリピン記者も「合意まであと15年くらいかかるかもよ」と笑っていた。南シナ海問題に詳しいISEASユソフ・イシャク研究所のイアン・ストーリー氏が「規範」のことを「蜃気楼だ」と言っていたが、まさにそのとおりだ。

北朝鮮問題では、有効な戦略を見出せないアメリカが、今回の会議で北朝鮮のARF(ASEAN地域フォーラム)への参加を来年以降停止させる方向を目指していた。だが、大国が指図することを嫌うASEANは、ARFが国連以外に北朝鮮が出席できる唯一の国際会議であることを理由に、その提案に消極的な考えを示した。結局、一連の会合を通して、北朝鮮へ「重大な懸念」は示されたが、各国の方向性の違いから決め手となるような解決策は出てこなかった。

河野外相の発信力には大きな期待を持てる

最後に重要な点をもうひとつ指摘しておきたい。今回の会談で目を引いたのが、日本側の広報姿勢の大幅な改善だ。

昨年の会談では、日本側が現場で海外メディア向けに会見やブリーフィングを開くことは一度もなかった。だが今回は、1日目と3日目に外務省副報道官によるブリーフィングが開かれ、それぞれ20人程度の記者が参加していた。2日目(8月7日)には河野大臣が自ら記者会見を開き、それにはもっと多くの記者が駆けつけた。これほどオープンな形で何度もメディアセンターで広報活動を行ったのは日本だけだった。

ちなみに、ミャンマー、マレーシア、ラオスと過去3度ASEAN関連外相会談に参加したが、「そつなくこなす(笹川平和財団・渡部恒雄特任研究員)」タイプの岸田文雄前外相が海外記者向けに記者会見を開くことは一度もなかった。それとは対照的に、「大臣になってまだ5日目なので緊張している」と言いながらも、河野大臣は流暢な英語で会談の概要を説明し、海外メディアからの質問に自分の言葉で答えていた。発信力を期待されて入閣した大臣が本領を発揮した瞬間だった。

これまで同会談を取材する中で、メディアの1番の注目はいつも中国の王毅外相だった。会談が終わるたびに、待ち構える記者に向かってその会談についてコメントする。たとえば、南シナ海で中国による人工島建設が批判されていた2015年には中国・ASEAN外相会談で「話した内容の90%はどう協力を進めていくかだった」と述べ、経済協力の重要性を強調した。

王毅外相が泊まるホテルには海外メディア記者が待ち構え、中国語で投げかけられた質問にたいてい一言二言は答えてくれる。記者からすれば記事で引用できるし、王毅外相からすれば一連の会談の中で成果を強調しつつ、より大きな会談での成果達成に向けて畳みかける意味があるのだろう。

河野大臣にも得意の英語を生かして、即時性も重視しながら、国際会議における自分なりの発信スタイルを確立していっていただきたいものだ。

舛友 雄大 中国・東南アジア専門ジャーナリスト

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ますとも・たけひろ / Takehiro Masutomo

カリフォルニア大学国際関係修士。2010年中国メディアに入社後、日本を中心に国際報道を担当。2014年から2016年までシンガポール国立大学で研究員。

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