複雑化する「難民問題」に解決の糸口はあるか

「聞き書 緒方貞子回顧録」を読む

大きな国際問題になっている、シリア難民について緒方氏が語ったことは?(写真:Alkis Konstantinidis/ロイター)

難民問題の研究に不可欠な歴史的資料

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評者は45年前の1970年に国際基督教大学で緒方貞子氏の「国際政治学入門」の講義を履修している。授業の内容は思い出せないが、提出したリポートに高い評価をいただき、「この問題意識を継続してください」という主旨の短いコメントをいただいた。評者の専攻は経済学で、その後、緒方氏の授業を取ることはなかったが、このコメントは今でも鮮明に覚えているし、当時の問題意識は今も持ち続けている。本書『聞き書 緒方貞子回顧録』を読んで、同氏は優れた教育者だけではなく、第一級の学者であり、行政者であることをあらためて知った。緒方氏は現在、国際的に知名度が高く、尊敬されている数少ない日本人のひとりである。

本書は2人の学者が聞き書きでまとめたものである。質問は簡潔で抑制的であり、本音を引き出すことに成功している。欧米では要職を務めた人物が回顧録を書くのは普通で、それが第一級の歴史的資料になっている。日本では私的な日記はあるが、回顧録は少ない。本書は難民問題の研究にとって不可欠な歴史的資料になっている。

緒方氏は犬養毅を曽祖父に持ち、外交官の家庭で育った。戦後、聖心女子大学を卒業し、いち早く米国に留学している。いろいろな意味で戦後の日本のパイオニアであった。留学中に「日本はなぜ戦争をしたのか」という問題意識を抱き、博士論文では関東軍の思想に焦点を当てながら、「満州事変から日中戦争そして太平洋戦争に至る外交政策の失敗」を分析する。

本書の最大のポイントは、国連難民高等弁務官としての活動であろう。緒方氏は難民高等弁務官としてサラエボ、ボスニア、ルワンダなどで難問に取り組んだ。各国の政治的な思惑に翻弄され、国際機関の限界を感じながら、救済策をまとめていく。その手腕は称賛に値する。

現在、大量のシリア難民が欧州に安住の地を求め、大きな国際問題になっている。緒方氏は難民問題について「『人の命を助けること』。これに尽きます。生きていさえすれば、彼らには次のチャンスが生まれるのですから」と語る。高等弁務官時代の現場重視の経験が、国際協力機構(JICA)の改革に生かされ、独自の「人間の安全保障」への考えに発展していく。

緒方氏の人間としての面白さも十分に語られている。「自分から手を挙げて始めた仕事はあまりなかった」「へこたれるということを経験したことはない」と語るように、つねに構えることなく自然体で仕事に取り組んできた生き様がうかがえる。家庭人としての生き方も興味深い。難民問題に関心のある人だけでなく、一般の読者にも一読する価値ある本である。

編集
野林 健(のばやし・たけし)
東洋学園大学教授、一橋大学名誉教授。専門は国際政治経済学。1945年生まれ。一橋大学大学院単位取得退学。著書に『保護貿易の政治力学』など。

納屋政嗣(なや・まさつぐ)
上智大学教授、一橋大学名誉教授。専門は国際政治・安全保障論。1946年生まれ。上智大学大学院単位取得退学。著書に『国際紛争と予防外交』など。 

 

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