「曖昧さ」を受け入れずに戦争は終わらない
ウクライナ戦争の専門家たちは、どこで躓いたのか。そもそも戦争とはなにかという観点から、歴史の視点で答えを出しておこう。
戦争はひとたび始まると、社会に曖昧さを許容しなくなる。二者択一で「おまえはどちらの味方か?」への回答を迫り、正しい(とされる)側が勝つまで「いっさい妥協するな。あらゆる戦力を極限まで投入しろ」と煽る立場が国策になってゆく。ウイルスとの擬似的な戦争であるコロナでも、遠く隔たった地のウクライナ戦争でも、そうだった。
いや、かつて体験した「ぼくたちの戦争」に照らすなら、むしろこう言わなければならない。曖昧さを許さない社会こそが、戦争を始めるのだと。
1905年に終わった日露戦争以降、日本はいわゆる満蒙を自国の勢力圏だと見なしたが、同地に有する特殊権益がどの程度「他の列強にも認められているのか」は曖昧で、国内トップの政治家や官僚にも共通する見解はなかった。それに白黒をつけ「はっきりさせよう」とする形で、31年の満洲事変に至る軍事的な解決の諸提案は発展していった(注1)。



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