なお、留意してほしいのは、こうした価値基準も固定されたものではない、ということだ。
採用にAIを使う企業が「公平性」を重視していれば、全員を同じ尺度で評価することが本当に公平なのか、過去の採用実績を望ましい状態として学習させてよいのか、機会の公平と結果の公平のどちらを重視するのかが問われる。
AIに公平性を実装しようとすることで、企業自身が「自社にとって公平とは何か」を問い直すことになる。AIを前提とした経営には、既存の価値基準をAIに適用し、AIが突き付ける問いを通じて価値基準を見直すという往復が必要になる。
残すべきなのは「人間にしかできないスキル」ではない
AI時代の人材論では、「これから人間にしかできないスキルは何か」という問いが取り上げられる傾向があるように感じる。創造性、共感、批判的思考、リーダーシップなど、さまざまな候補が挙げられてきた。
こうした能力を高めることには意味がある。しかし、AIが進化するたびに「AIにはまだできない領域」を探し続けるだけでは、人間の役割は技術の進歩によって受動的に決められてしまう。より重要なのは、「AIにもできるようになったとして、それでも人間が担い続けるべきことは何か」という問いである。
たとえば、採用候補者を最終的に不採用とする判断、患者の治療方針を決めて本人に提示する判断、社員の将来を左右する評価、顧客に大きな金融リスクを伴う商品を薦める判断である。これらを人間が担い続けるべきか否かは議論が必要であるが、もし人間が担い続けるべきとしたならば、その理由は、人間のほうが常にAIより高精度だからではない。
そこには、AI倫理原則に沿って見てきたような、「善いこと」の判断、説明責任、異議申し立ての機会、さらには「誰が決めたのか」という社会的な意味が伴う。
一方で、人間が担ってきたという理由だけで、その仕事を残す必要もない。単純作業や大量データの分析に限らず、人間が判断することで、かえって偏見や恣意性が入りやすい場合もある。
我々がすべきことは、人間を無条件に優先することではなく、人間とAIそれぞれの強みと弱みを踏まえ、社会にとって望ましい結果につながるよう役割を設計することである。


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