そして、賞賛する人も批判する人も、双方が「自分の見方こそが普通だ」と思い込んでいる。その入り口は、脳の自動的な働きにある。
MVを見た瞬間、人の頭には、これまでの経験や知識のうち、最も手近なものが無意識に呼び出される。キャバクラという設定から「夜の世界」のイメージが先に立つ人もいれば、『コロンブス』の騒動を思い出す人もいる。一方で、これも筆者の仮説ではあるが、これまでミセスの楽曲に励まされてきた記憶が浮かび、この設定に深いメッセージを読み取って感動する人もいる。
そして脳は、すぐに思い浮かぶ事柄ほど、「よくあること」「確かなこと」だと判断してしまう。これは「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれている(※4)。
こうして、最初に浮かんだ解釈は、「自分には物事がありのまま見えている」という確信に変わりやすい。この確信が「ナイーブ・リアリズム」だ(※5)。「何が問題なのかわからない」という人と、「なぜわからないのか」と思う人の話が噛み合わないのは、そのためである。
「答えが出ない」ということが、問題の本質を表している
このMVをめぐっては、筆者が考えたように「どんな職業なら受け入れられたのか」という問いも、SNSで交わされている。しかし、答えはなかなか出ないだろう。そして、答えが出ないこと自体が、この問題の本質を表しているのかもしれない。連想の出発点も、背負わせる期待も、受け手によって違うからだ。どんな職業を選んでも、誰かの「安心」か「驚き」の期待からは外れてしまう。
職業の是非を裁くつもりはない。キャバクラで働く人々への偏見を助長する意図もない。映像として素晴らしい出来栄えのMVであることと、設定に違和感を持つことは、両立する。どちらの感想も、人が持つ連想や期待から生まれた、ごく自然な反応だ。
ミセスは、「安心」と「驚き」という、ときに相反する2つの期待を、同時に背負っている。道徳を求める目と、創造性を求める目。どちらも、ミセスへの関心の高さの表れだ。そのどちらにも応え続けることは、国民的バンドに課された、きわめて難しい宿命であるだろう。
【参考・引用文献】
※1:Collins, A. M. & E. F. Loftus (1975) A spreading-activation theory of semantic processing, Psychological Review, 82(6), 407-428.
※2:Burgoon, J. K. & J. L. Hale (1988) Nonverbal expectancy violations: Model elaboration and application to immediacy behaviors, Communication Monographs, 55(1), 58-79.
※3:Nickerson, R. S. (1998) Confirmation bias: A ubiquitous phenomenon in many guises, Review of General Psychology, 2(2), 175-220.
※4:Tversky, A. & D. Kahneman (1973) Availability: A heuristic for judging frequency and probability, Cognitive Psychology, 5(2), 207-232.
※5:Ross, L. & A. Ward (1996) Naive realism in everyday life: Implications for social conflict and misunderstanding, in E. S. Reed, E. Turiel & T. Brown (Eds.) Values and Knowledge, Lawrence Erlbaum Associates, 103-135.


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