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「常に新しい凶器を探せ」…昭和を駆け抜けた"稀代の極悪女王"ダンプ松本が使いこなせなかった《意外な凶器》とは

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「極悪女王」として絶大な人気を誇ったダンプ松本の意外なエピソードを紹介します(写真:hafuphoto/PIXTA)
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ところが、極悪同盟の結成、躍進にともなって、悪の限りを尽くすキャラクターに変貌。同盟員がフォールの体勢に入ったときだけ、超高速でカウントを入れる不公平なレフェリング"2・9の名人芸"で一世を風靡。"極悪レフェリー"の異名で、ダンプ&ユウと比肩する存在感を放った。

ナインティナインの岡村隆史が、バラエティ番組でものまねをしたことでも知られる名物レフェリーだったが、2017(平成29)年4月25日、肺炎のため死去。享年76だった。

ベビーフェイスの人気を凌駕した「極悪同盟」

極悪同盟は1984(昭和59)年、中野恵子(翌年2月、ブル中野に改名)が加盟して、ペアからトリオになった。ビューティ・ペアの時代は、敵軍ヒールのブラック・ペアは刺身のつまに過ぎなかったが、極悪同盟のヒール人気はベビーフェイスを凌駕。やがて、ダンプは全女の稼ぎ頭となった。

1985(昭和60)年4月26日、茨城・鹿島町立体育館でおこなわれた「フジテレビ杯争奪ジャパン・グランプリ’85」で、ダンプはタッグパートナーのユウを流血地獄で葬った末に、その場で破門。以降はブル、デビュー2年目の斉藤真知子改めコンドル斉藤を5月25日に加盟させて、極悪同盟はメンバーを入れ替えて勢力を拡大した。

夏には、ダンプにとって単独初テレビCMとなる「タコヤキラーメン」(日清食品)の放映がはじまった。

「みんな、はじめはわかってくれないんだ。マジだぜ!」と暴虐メイクでカメラに睨みを利かせたCMは、マッハ級のスピードでお茶の間に浸透。同年には、2本目のテレビCMとなった「金鳥のどんと」(大日本除虫菊社製の使い捨てカイロ)もオンエアされた。キラーフレーズは、「どんとイレンコ!」だった。

8月20日には、『毎度おさわがせします』(TBS系)の後継ドラマ『夏・体験物語』がスタートして、ダンプとブルは本人役でレギュラー出演。12月21日には、"最強のドル誌"として誉れ高きアイドル月刊誌『明星』(現・『Myojo』、集英社)2月号から、新連載「ダンプ松本の青春相談 ~素顔でタイマン」がはじまった。

12月10日には、極悪同盟が総出演したドラマ『毎度おさわがせしますⅡ』(TBS系)が開始した。同作は、それまで視聴率では一度も勝てなかった裏番組の『なるほど!ザ・ワールド』(フジ系)を初めて抜いて、同時間帯でトップに立った。

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