再開発当時から暮らす住民は少なくなり、防災活動を担う側も高齢化している。
「ここの世帯のピークは75〜80歳の間。だけど、年取ったってなんだって、スピリッツはある。動けるうちにやれることをやろうって言ってるの。もうちょっと若い世代が関心を持つような訓練形態にしなきゃいけないとも思っています」(佐久間さん)
それでも、防災訓練は途切れることなく続いてきた。その背景には、ここが再開発によって生まれた経緯もある。
団地のためだけの防災拠点ではない
白鬚東アパートは、団地の住民だけのためにつくられた防災拠点ではない。大規模火災時には、周辺地域から避難してくる人を東白鬚公園に受け入れ、住棟が防火壁となって避難場所を守る。佐久間さんによると、再開発当時から、「周辺から避難してくる人を受け入れる側」という意識があったという。
「それは最初から、僕ら立ち退き者は、刷り込まれていましたから。お祭りなんかを一緒にやっていた町会も、この計画によって二分されたの。道路を隔てて分かれちゃった。同級生も向こうにいて、そういう人たちのことは、地元の立ち退き者にとって大きな関心事でね。比較的安全なところに入れたので、やっぱり僕らは受け入れ体制なんだっていう。そういう意識はありましたね」(佐久間さん)
ただ、完成から40年以上が経ち、受け入れる側も高齢化した。住民の入れ替わりも進むなか、この団地が担ってきた防災上の役割をどう伝えていくか。佐久間さんは、新しく入居する人にもその役割を知ってもらい、周辺から避難してくる人への協力につながればと考えている。
現在の防災活動の中心を担っているのは、佐久間さんら“再開発2世”だ。佐久間さんは、先輩たちが残した当時の協議会の議事録を引き継ぎ、大切に持っているという。
「一緒にいた先輩たちがどんどん亡くなっちゃっているからさ。そういう記録も持ってるので、なおさら意識が強いですね。そういうことに共鳴してくれる仲間がここには多くいるから、一緒に今もやっています」(佐久間さん)


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