有料会員登録
ライフ #「フシギな物件」のぞいて見てもいいですか?

墨田区の「まるで砦のような巨大団地」全長1.2キロもある《白鬚東アパート》なぜ砦みたい?その理由が凄すぎた

10分で読める
白髭東アパート 防災
墨田区に立つ長く高い巨大な壁(写真:筆者撮影)
2/6 PAGES
3/6 PAGES
4/6 PAGES

6月16日、新潟県下越沖を震源とするマグニチュード7.5の地震が発生。新潟市では、液状化による建物の傾斜や転倒、道路や橋の損壊、石油タンク火災など、都市部に大きな被害が生じた。

当時、東京でも関東大震災以来の大地震が起こる可能性が指摘され、震災への危機感が高まっていた。なかでも、木造住宅や工場が密集し広い避難場所も不足していた江東デルタ地帯は、大地震に伴う火災への対策が求められた地域である。

そんな背景のもと、東京都は都市防災の取り組みを本格化させていく。

高層住宅そのものを「防火壁」に

1969年、東京都は「江東再開発基本構想」を策定した。江東デルタ地帯に公共用地や工場跡地などを利用した大規模な避難広場を確保し、その周辺に不燃建築物や避難路を整備する。あわせて周辺の再開発を進め、生活環境の改善や地域の経済基盤の強化も図る。江東デルタ地帯に6カ所の大規模な「防災拠点」を整備する構想だ。

建設前の一帯の様子(画像:国土地理院「地理院地図」より、1961〜1969年撮影)

この構想では、白鬚(東・西)、四つ木、亀戸・大島・小松川、木場、両国、中央の6地区が防災拠点として選定された。その中で、最も早く具体化へ動いたのが、この白鬚東地区だった。

白鬚東地区には、住宅や商店のほか、鐘淵紡績や久保田鉄工などの工場もあった。借家や間借りで暮らす人も多かった。

生活と仕事が集まるこの場所に、どのようにして防災拠点をつくるのか。

火災実験を繰り返し、検討を重ねた。そうして考えられたのが、市街地で大規模な火災が起きた際に、高層建築物が巨大な「防火壁」となって延焼や輻射熱を遮り、その内側にある避難広場を守るという方法だ。

白鬚東アパートの住棟はジグザグに横一線に並んでいる(写真:筆者撮影)

72年に都市計画が決定し、現在につながる「連続高層住棟を防火壁とする」基本形が固まった。

しかし、巨大な防災拠点をつくる計画は、スムーズに運んだわけではない。

すでに多くの人が暮らし、商売や仕事を営んでいた地域である。防災拠点をつくるために、住民の住まいや仕事をどう引き継ぐかという問題は避けて通れない。

5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数