白鬚東アパートは、鉄骨鉄筋コンクリート造の13階建て、高さ40mの住棟が連なる。全長1.2kmの団地である。
住宅を管理する東京都住宅供給公社の白鬚出張所を訪ねると、計画時の模型が飾られていた。模型を見ると、背後に隅田川が流れ、手前には住宅密集地が広がっている。住棟の連なりは、長い壁のようである。
このフシギな並びには理由がある。
東京都住宅政策本部 都営住宅経営部の石川武史さんによると「白鬚東アパートは、住棟そのものが防火壁となって、熱風や輻射熱から避難場所を守るよう計画された住宅です。住宅でありながら、防災拠点としての機能も備えています」とのこと。
驚くことに、この長い住棟の連なりそのものが巨大な「防火壁」になるのだ。
なぜこのような団地がつくられたのか。取材時に見た東京都の映像資料などをたどると、この地域が抱えていた災害リスクが見えてきた。
大地震による火災が懸念された
白鬚東アパートが立つのは、隅田川と荒川に挟まれた「江東デルタ地帯」だ。東京東部の低地で、墨田区や江東区に広がる、大きな三角形のような場所である。
1923年(大正12年)の関東大震災では、現在の墨田区にあたる本所地域を中心に甚大な火災被害が発生した。さらに東京大空襲でも周辺は大きな被害を受けている。
戦後、復興や人口増加に伴い、現在白鬚東アパートの立つ周辺には、木造住宅や中小工場が立ち並ぶ密集地が広がっていった。
人が暮らし、働く街だったが、広い道路や空地は十分ではなかった。もし再び大地震が起きて火災が発生したら、街の人たちはどこへ避難すればいいのかーー。
60年代に入り、そんな都市の防災をめぐる議論は進んでいく。大きな契機にもなったのが、64年の「新潟地震」だった。


※ログイン後、コメント入力が可能です。