メガバンクに長年勤務後、亜細亜大学教授に
前回は、日本IBM・日本GEからリーマンショック後の失業を経て、43歳で山形大学教授に転身し、『ビジネス経験を活かしきる「40代から大学教授」という最高の働き方』(青春出版社)の著者であり、現在、岩手大学地域協創教育センター特任教授を務める平尾清氏を取り上げた。40代からは、「転職」ではなく「転身」で、キャリアのハンドルを自分で握るという話だった。
今回登場するのは、亜細亜大学社会学部現代社会学科教授の赤羽裕氏である。
社会人から大学教員への転身を取材していると、必ずぶつかる問いがある。「いつ会社を辞めるべきか」だ。経済誌など「会社の辞め時」の特集も目立つ。40代、とりわけ50代になれば、役職定年や出向、転籍、再雇用が一気に現実味を帯びるからだ。
赤羽氏は1987年に入行し、前身行を含めてみずほ銀行で約29年間勤めた。国内支店の法人営業、マレーシア勤務、為替市場部門の管理業務、カストディ(外国人投資家の日本国債・株式の決済・管理)業務など、キャリアのほとんどを「現場」で過ごし、2015年12月に退職。16年4月、50代前半で亜細亜大の教授に就いた。
メガバンクの超安定を手放した大胆な決断。多くの人はそう想像するだろう。ところが、本人に「悩みましたか」と尋ねると、拍子抜けするほど軽い答えが返ってきた。
「そんなに悩んだかというと、あんまり悩まなかったというのが正直なところですね」と赤羽氏。
一方、筆者が実務家教員(全国55大学122人)に行った独自調査では、真逆の結果だった。辞めることに悩んだ人の割合は、40代で69%、50代では92%に上る。40代と50代では、23%の差がある上、50代では、ほとんどの人が悩んでいる計算だ。(下図参照)
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