ここで大切なのは、つらい過去を無理やり「良かったこと」にしないことである。失ったものは失ったままでよいし、悲しいものは悲しいままでよい。ただし、怒りや悲しみに人生のすべてを支配させないためにも、次の一手を考えることが必要だ。「次の一手」は、すでに打ってきた一手を振り返ることから始めてもよい。
一手を打ち続けるうちに、「この道で良かった」と思える瞬間が来る。変えられない「過去の出来事」が新たな意味や価値を帯び、肯定できるようになるだろう。これが5に書かれているヒト・モノ・コトがもつ価値の再発見である(図2)。

「七転八起の四角形」はもう一度立ち上がるための思考法
とはいえ、すべての過去が美しい物語に変わるわけではない。筆者にしても、「進学予定だった九州の名門校へもし進学していたら」と思うことは、一度や二度ではない。だからこそ、図2のように再び2に戻り、何度でも七転八起を繰り返すのである。
「七転八起の四角形」は、傷を美談に塗り替えるための道具ではない。傷があることを認めたまま、流れ続ける血を止め、もう一度立ち上がるための思考法なのである。過去は変えられない。
しかし、過去の選択が人生のなかでどんな意味をもつかは、その後の選択や意思決定によって変えられる。人の選択は、何かを選んだ瞬間に価値が決まるわけではない。糸井重里さんは、「経営者の資質は勉強量ではなく、自分を主体として判断した回数によって鍛えられる」と語っている。
倒れたあとも、自分の意思で何度でも立ち上がる。自分の意思で何回も「決断」する。その経験の積み重ねが七転八起であり、あなたの力強い「経営思考」を形づくっていくのである。



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