家康は大坂まで赴くことを決めますが、それに際して自分に危害を加えないよう秀吉に保障を求めます。
家康の身の保障のために三河国に遣わされたのが、秀吉の母・大政所(天瑞院)でした。一般的に人質は年少の実子が差し出されるのが普通ですが、秀吉にはそうした実子がいなかったため、母が人質となったのです。
秀吉の実母を人質にした
妹婿である家康の立場を慮ったとも考えられますが、実母を人質にするというインパクトは大きかったでしょう。
秀吉の母が三河岡崎城に到着したのを見届けて(10月18日)、家康は大坂まで赴きます。家康の慎重さ、したたかさというものが一連の動きを見ていたらよくわかります。
(主要参考文献一覧)
・黒田基樹『羽柴秀長の生涯』(平凡社、2025年)
・黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』(KADOKAWA、2025年)
・柴裕之『秀吉と秀長「豊臣兄弟」の天下一統』(NHK出版、2025年)
・和田裕弘『豊臣秀長 「天下人の賢弟」の実像』(中央公論新社、2025)。
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)


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