子どもたちは多摩の丘陵地帯に広がる豊かな自然のなかで、自由に遊んだ。時には自然の怖さやリスクにも出合う一方、大人とは別の「子ども社会」もあった。
「大人がすべてのルールを決めるのではなくて、子どもたちなりに考えられるところがありました。自分たちだけで秩序や規律を考えたり、一人ひとりを尊重したりするような子どものコミュニティがあったんです」
松本さんはこの幼少期に対して「とても肯定的な思いがある」と語る。多摩ニュータウンで過ごした日々は、のちに子どもたちの育つ環境を考えるうえでの土台となった。
保育とは無縁の2つの経験が、すべてつながった
子どもの生育環境に強い関心を持った松本さんだが、大学卒業後すぐに保育園をつくったわけではない。家庭の事情で安定的な収入が必要となったため、まずは就職を選ぶ。
2003年に新卒で入社したのは博報堂だ。教育関連企業のブランドマネジメントを3年間担当した。クライアントに「理念と経営のバランス」「公共性と収益性の両立」と語っていたものの、「新卒の若者が先輩の受け売りを話していただけ」と苦笑する。
しかし繰り返し口にするうち、「自分は実際に経営ができるのか」と考えるようになった。座学ではなく、経営そのものを経験してみたい。そうして次に飛び込んだのが、友人3人と立ち上げた不動産ベンチャーだった。
都市の遊休地に一時的な空間を構成し、テナントを誘致して経済循環をつくる事業だ。ビジネスコンテストで賞は取れたものの、事業はなかなかスケールしない。資金を全額投じ、借金ばかりが膨らんでいった。
それでもこの時期に、不動産の利回り計算や建築のコストコントロールなど、場づくりと経営の実務を身に付けた。なかでものちの保育園づくりに生かされたのが、不動産を見る目だった。


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