そのなかで気になったのが、同じ0〜6歳の子どもたちを対象にしながら、幼稚園と保育園が、制度や文化の面で大きく分かれていることだった。
「幼稚園には幼稚園のよさがあり、保育園には保育園のよさがある。でも子どもたちにとっては、どちらも同じ0〜6歳の育ちの場なんですよね。大人の制度の都合で分かれている部分もあるんじゃないかと思いました」
のちに松本さんが「まちの保育園」だけでなく「まちのこども園」を展開していく背景には、こうした問題意識もある。幼稚園や保育園について調べていくうちに、松本さんの関心は「どんな環境がいいのか」を考えることから「自分ならどんな場をつくるか」へと移っていった。
「自分は保育士や教育者になるより『場や状況をつくる側』が向いているのではないか」
そう考えた松本さんは、学生時代にはすでに、自分がつくりたい保育園の企画書まで書いていた。
「放牧されていた」多摩ニュータウンの原風景
「子ども」に対する考え方には、自身の幼少期の経験も深く関わっている。
松本さんは1980年、長崎県で生まれ、東京郊外の多摩ニュータウンで育った。当時は子どもの数が多く、同じ地区だけで4つの小学校があり、それぞれ4クラスもあったという。
「大人は忙しいから、とにかく子どもたちは放牧されていたんですよ(笑)」


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