なかでも目を引くのが、「備忘録」と記された何冊ものノートだ。日々のなかで気になったことを書き留め、小説のアイデアのもとにしてきたという。
阿刀田さんの主戦場は、ショートショートや短篇小説だ。突飛な着想や意外な展開、緻密な構成で読者を驚かせ、これまでに900編を超える作品を世に送り出してきた。1979年には『ナポレオン狂』で直木賞を受賞。
90代を迎えた現在も、『90歳、男のひとり暮らし』『掌より愛をこめて―阿刀田高さいごの小説集―』と新刊が続き、その言葉は今も多くの読者に届いている。
その鋭利な頭脳を持ったままで、肉体の老いを受け入れるということは、どのようなことなのだろうか。
「字を書くこと自体がずいぶん下手になりました。これは予想していなかったことです。指の力がなくなり、カーボン紙の2枚目には何も写らない。線の長さがそろわない。消しゴムで消して書き直しても、まただめだったりする。
長い付き合いの編集者なら、私がどんな字を書いても読んでくれそうですが、新しい編集者に原稿を渡すのは心苦しいですね」(阿刀田さん 以下の発言すべて)
作家が文字を書けなくなることは、象徴的である。しかし阿刀田さんが紡ぎだす言葉は明快だ。今でも遊びの感覚で脳を働かせる——眠れぬ夜には百人一首を思い出し、意味が気になれば起き上がって解説書を開く。落語を文字から読み直す。漢字のつくりをひも解いて遊ぶ。
「知識はどんどん抜けていきます。日ごとにバカになっていると実感しますよ。私の頭の中には雑駁な知識がいっぱい入っている。ところが脳の記憶を司る私の海馬は、『こんなものはいらない』と判断するらしく、どんどん捨ててしまう。
私は、もう少し取っておいてもいいんじゃないかと、思っているんですがね。『この頃、少しやりすぎじゃない?』と海馬と問答しています」
「自分の元気を保つために作品を書こうとは思わない」
知識を忘れていく自分をユーモアを持って語る。一方で、小説を書くことについては、阿刀田さんの言葉が引き締まる。
近作の短編集、『掌より愛をこめて』を「さいごの小説集」としたのは、もったいないのではないですか、と問うと、諭すように言った。


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