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ライフ #だから、ひとり暮らし

「死は無である」と言い切る直木賞作家・阿刀田高(91歳)が我が子に問うこと—約60年連れ添った妻を見送り、ひとり暮らし

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直木賞作家・阿刀田高さん
直木賞作家・阿刀田高さん。91歳のひとり暮らしを訪ねた(撮影:谷川真紀子 )
  • 蜂谷 智子 ライター・編集者 編集プロダクションAsuamu主宰
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ところが、先日その買い物の途中で思わぬことが起きた。取材の約1カ月前(2026年の8月11日)、街へ出た際に道路で転倒したのだ。

「かなり出血して、店の人が驚いて救急車を呼んでくれました。それ以来、自分で買い物には行っていません。最近ようやく近所の歯医者に、自分で歩いて行って帰ってきましたけれどね。明日か明後日あたり、転んで救急車で運ばれて以来、初めて買い物に行ってみようかと考えています」

そう話す阿刀田さんの口調は淡々としていた。これまで当たり前にできていたことが、ある日を境に難しくなる。それは恐ろしいことだろうと、想像する。

しかし阿刀田さんはその事実を受け止めたうえで、もう一度できるかどうかを試そうとする。その姿は、自分自身に起きている変化に戸惑いながらも、それを作家の目で観察しているようだった。

「死んだら無」それでも人は物語に救われる

妻の慶子さんについての思いを尋ねると、阿刀田さんは意外なほどきっぱりと「無」という言葉を口にした。

「これは非常に難しい問題で、簡単に答えられることではありません。私は本(『90歳、男のひとり暮らし』)にも書いたように、死んだら無であるという考えがあります。家内はもう無なんです。しかしだからこそ、生きている私が適当に、一番よいように考えれば、それで済むことだと思っています。

神や宗教は、どの民族、どの時代にも必ずありました。人間が考え出した偉大なフィクションだと思います。ただ、それによって人間が救われる部分もたくさんある。信仰がいのちである人も大勢いるので、『無である』ことを強調したくはありません」

特徴的な手すりの階段の傍らの壁には、村上豊の絵画が飾られていた。「階段の手すりは、妻のためにつけたけれど、今では自分が使うようになってしまった」(撮影:谷川真紀子)

キリスト教には死者の復活と永遠のいのちへの信仰があり、仏教には輪廻という考え方がある。人間は古くから、死によってすべてが途切れるのではなく、その先へと続く物語を紡いできた。

阿刀田さんにとって、宗教を「偉大なフィクション」と呼ぶことは、決して唐突な発想ではない。『旧約聖書を知っていますか』『新約聖書を知っていますか』などの著書で、聖書に描かれた物語を独自の視点で読み解いてきた。信仰が人間にとってどんな意味を持ってきたのかを、作家として長く見つめてきた人でもある。

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