ただ、出会いがしらで強烈な感覚を覚えたものの、富士子さんは別のクラスを担当することになり、二人は長らく、顔見知りの語学学校の先生と生徒という間柄だった。学校の行事で顔を合わせることはあっても、個人的な付き合いはなかったという。
ジャックさんは語学学校を卒業した後に、専門学校へと進んだ。富士子さんと顔を合わせなくなったときに初めて、「また会いたいな」と思ったそうだ。
そんな二人に、転機が訪れる。
「日本人女性がタイ人と付き合うなんて」
富士子さんの知り合いが神保町にタイ料理店をオープンすることになり、「タイの調理師が間に合わず、タイ語と日本語ができるスタッフを探している」と連絡をしてきた。タイ人と聞いて、ジャックさんのことがすぐに浮かんだ富士子さん。紹介したところ、日本語が堪能なジャックさんが店長に気に入られ、兄と2人でそのタイ料理店で働くことになった。
富士子さんは自分が紹介した手前、時々お店に電話をしたりして、ジャックさんの様子を気にかけるようになった。
そして、ジャックさんの誕生日である4月15日。富士子さんが電話して、「これから会おうか」と誘い、二人で井の頭公園に行った。当時は今よりも桜が咲くタイミングが遅く、ちょうどきれいに咲いていた。
その頃、ジャックさんは富士子さんのことをどう思っていたのだろうか。
「スラっとした長い足が素敵だな、と思っていました」
ジャックさんはちょっと照れながらそう言った。
「でも私は留学生だし、日本人女性がタイ人と付き合うなんて考えられないと思っていました」
二人はその後、まだめずらしかったタイ料理店に遊びに行ったりするようになり、共に過ごす機会が増えていった。富士子さんは、自分の気持ちをはっきりと自覚するようになった。
「彼にはなんでも素直に話せて、素でいられるんです。会うときは緊張するけど、約束の日をわくわくして待っている自分に気づきました」


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