「繊維を専門的に研究してきた立場から見ると、80年代から90年代へ移り変わる端境期の現場の熱量は異様でした。90年代以降、日本のものづくりは効率化とコスト削減のために生産拠点を急速に海外へと移し、国内の製織会社や縫製工場への発注電話は激減していきました。しかし、その直前である80年代の現場は、職人さんたちが連日徹夜で膨大な仕事をこなしながら、信じられないほど実験的なテキスタイルを次々と生み出していた時代でした」
当時の日本アパレルを支えた圧倒的な内需と、作れば作るほどスケールメリットが効く右肩上がりの経済成長は、現代のビジネス感覚では考えられない原価率のものづくりを可能にしていた。
「当時のインタビュー記事を読むと『メーター単価3万円の生地で洋服を作った』と平気で語られているんです。テーラードジャケットを一着仕立てるのには2メートル強、柄合わせを考慮したらそれ以上が必要です。つまり、生地代の原価だけで6万〜7万円かかっている計算になります。そんな高級仕立ての服を、日本のドメスティックブランドは惜しげもなく量産して店頭に並べていた。その採算度外視の実験精神とテキスタイルのクオリティは、いま見返しても圧倒的です」
その飽くなき挑戦は、時に「実用性」や「耐久性」といった製品としての常識すら軽々と飛び越えていった。
「象徴的な例として、オールシルクで仕立てたセットアップをあえて洗濯機で洗いにかけ、独特の洗いざらしの風合いを出して店頭に並べたところ、お客様が2回着ただけで股が破けてしまったという話があるんです(笑)。現代の品質基準やクレーム対応の観点から見れば完全に製品の定義から外れているものですが、洗いをかけたシルクが見せる唯一無二の表情や、誰も見たことのないものを本気で作ろうとした狂気じみた姿勢には、ものづくりとしての強烈なロマンを感じますよね」
日本の服飾サブカルチャーを世界へ届ける「マフィアカルチャー」の夢


※ログイン後、コメント入力が可能です。