バブル崩壊とともに急速に失速し、今や当時の現場を知る1次情報の語り部すら減りつつある80年代DCブランド。しかし市村氏は「この熱狂を単なる過去の遺産として消費し続けるつもりはない」という。その視線はすでに、古着屋というリユースの枠組みを超えた、産業の未来を見据えている。
「信州大学の繊維学部で国内の織物産地や縫製工場の厳しい現状を目の当たりにしてきたからこそ、現在進行形で衰退しつつある国内アパレルの生産産業に対して、直接的な貢献ができていないという構造的なジレンマをずっと抱えています。将来的には国内の工場や職人さんたちと一緒にものづくりを行い、オリジナルのプロダクトとして形にして、東京や東南アジアをはじめとする世界市場へ届けていきたいと考えています」
では、今後どのように世界へと打ち出ようとしているのだろうか。市村氏が自らの表現を世界へ届けるモデルケースとして強く共鳴しているのは、90年代の裏原宿カルチャーが海外へ打って出た際の手法だという。近年、NIGO®氏率いるHUMAN MADEが裏原系アパレルブランドの老舗UNDERCOVERをグループインさせ、仲間たちのブランドやクリエイションを守りながら世界へ展開していく方針を打ち出している。市村氏はそのような動きを「マフィアカルチャー」と形容する。
「もともとカルチャーを共にしてきた仲間をフックアップし、一つの強固なトータルデザインとして世界に打ち出していく手法です。日本の洋服が持つ独特のサブカルチャーを、まるでアニメーションのようにエッジを利かせて世界へ輸出していく。尖ったピースや仲間を引き寄せて大きなムーブメントにしていく手法に、私は圧倒的な格好良さを感じます」
いつか「TKビル」のような「市村ビル」を地元の神戸・北野に
現状に安住し続けることを拒み、自らの手で新たな時代を創り出そうとする覚悟。その潔さには、自らの美学に対する徹底した誠実さが感じられる。最後に、個人として実現していきたいことを尋ねると、市村氏は少年のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「本当に純粋な願望で言えば、菊池武夫先生が西麻布に建てられた『TKビル』のような場を作りたいんです。安藤忠雄さんの建築で、ファッションビルなのにバーバー(理髪店)やビリヤード場があって、置いている服も自分がデザインした服だけでなくインポート物も取り揃える。まさに自分の美学や遊び心を詰め込んだビルです。いつかあんなふうに、服というプロダクトだけでなくカルチャーと空間全体で自分の美学を表現する『市村ビル』を地元の神戸・北野に作れたら最高ですね(笑)」


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