仮に死因がトキソプラズマ症であった場合、同じ飼育環境にいるほかのリスザルも、トキソプラズマにさらされている可能性があります。また、別の感染症が起きている可能性も否定できません。いずれにしても、早急に死因を特定し、対応する必要がありました。
細胞診による迅速検査
迅速に死因を突き止めるため、3頭の遺体が大学に到着すると、すぐに病理解剖に取りかかりました。
まず皮膚を切開したところで、皮下の静脈が拡張しているのが目に入りました。また、皮下の組織がやや乾燥し、脱水していたように思われました。さらに解剖を進めていくと、肝臓や脾臓は全体がどす黒くなっていました。血液がたまり、全身に強いうっ血が起きていたことがわかります。
さらに、解剖と並行して「細胞診」を行いました。小さく切り取った組織の切断面をスライドガラスに押し当て、付着した細胞を染色して顕微鏡で観察する、簡易的な検査です。
精密な病理診断に用いる組織標本は作製に多くの工程が必要で、顕微鏡で観察できるようになるまで、どれだけ急いでも数日かかります。 しかし細胞診であれば、解剖したその日のうちにある程度のことが確認できます。
もし死因がトキソプラズマ症であれば、たいていは細胞診でもトキソプラズマの虫体が観察できます。
ところが、細胞診ではトキソプラズマも他の細菌も確認できず、その後の組織検査でも静脈の拡張と全身のうっ血以外に目立った病変は見つかりませんでした。残る2頭も同様でした。
そこで、3頭が亡くなったときの状況を飼育員さんに詳しく聞いてみると、夏の間は暑さ対策で常に扇風機で飼育ケージ内に送風していたが、この日は涼しく、扇風機を止めていたとのこと。また、3頭が倒れていることに飼育員さんが気づいたとき、ケージ内には熱がこもっており、遺体もかなり温かかったということでした。
解剖所見とこの証言を勘案し、感染症や中毒などその他の原因を除外したうえで、僕は最終的に「3頭とも熱中症によって死亡した」と診断しました。


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