窓のない、巨大な建造物――見上げた瞬間、頭に浮かんだのはそんな言葉だった。何かの骨組みのようにも見えるが、これは全国約2700基あるダムのうちわずか6基しか残らない「バットレス」ダムの一基だ。湖面には手作りのいかだがあり、水上からこの巨大な建造物に近づくこともできる。
群馬県片品村の標高1400mに浮かぶこの「丸沼ダム」。全国のダムの多くが1960〜1970年代に集中して造られ、今後一斉に老朽化の節目を迎えるとされる中、90年以上前の姿を保ち続けている。そこには、このダム特有の意外な理由があった。
バットレスダムとは何か―昭和初期の技術の挑戦
バットレスダムとは、水圧を受け止める板状の壁(止水壁)を、扶壁(バットレス)と呼ばれる控え壁で支える構造のダムを指す。壁を厚いコンクリートの塊で作る一般的な重力式ダムに比べ、コンクリートの使用量を大幅に減らせるのが最大の利点だった。
この形式が日本に登場したのは1923年(大正12年)、北海道函館市の水道局が建設した笹流ダムが最初とされる。しかし広く普及することはなく、1937年(昭和12年)に完成した三滝ダム(鳥取県)を最後に、国内での建設は途絶えた。理由は、コンクリート量を減らせる代わりに建設そのものの技術難度が高くコストで割に合わなかったこと、地震の多い日本では壁が薄いぶん耐震性に不安が残ったこと、そしてコンクリートの表面積が大きいために劣化が進みやすかったことなど、複数の弱点があったためだ。


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