こうした複雑な構造を持つダムを、標高1400mという高地に、しかも現存6基の中で最大規模の大きさで築き上げる工事は、当時としては困難を極めたはずだ。当時の写真には、丸太を組んだ足場と木造の型枠が、斜面を埋め尽くすように組み上げられている様子が写っている。木材を使って段階的に壁を立ち上げていく、手作業に近い施工だった。
重機もほとんどなく、人件費よりもコンクリートが高価だった当時、その使用量を切り詰めるためには、これだけの手間をかけざるを得なかったのだろう。
なぜ丸沼ダムは「当初の姿」のまま残ったのか
現存するバットレスダムは全国に6基。その中で丸沼ダムは、堤高・湛水面積・総貯水容量で最大規模を誇りながら、建設当初の意匠をほぼそのまま残している。2001年に土木学会選奨土木遺産に選ばれたのは、希少性に加え、現存6基の中でも最大の堤高を誇ることが理由だった。2003年の重要文化財指定でも、数少ないバットレスダムの中で規模が大きいことに加え、建設から70年以上(当時)が経っても当初の状態を保ちながら、現役の発電施設として使われ続けていることが評価されたという。
もっとも、同じように貴重な構造でありながら、姿を変えてしまったダムもある。たとえば笹流ダムは、1980年代半ばの改修で遮水壁を新設し、控え壁を大幅に補強している。
丸沼ダムの価値は、その姿を保っていることだけではない。地元有志の団体「丸沼を愛する会」が手作りした、いかだ「トムソーヤ号」に乗って、湖上から正面に近づけるという、他にはない体験までできる。
この希少な姿とユニークな体験を求めて、ダムカードを集める人々をはじめ、県内外から絶えず人が訪れているという。
丸沼ダムは、なぜ90年以上建設当初の姿を保ち続け、今もこれほど人を引きつけているのか。後編では実際に現地を訪ね、その理由を現地の人の話から考察していく。


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